同窓会についての連絡先

TEL 052-931-7112

FAX 052-931-7117

〒461-8610 名古屋市東区葵一丁目17-8

卒業後母校に勤務して学生会同窓会にも関わりました

簱 美代子

昭和30年名古屋に短期大学学生会会長の集いがあり、当番校名古屋市立女子短期大学に行き、学生部長ご出席の会に参会しました。会則や運営について情報交換をしてご指導を頂きました。本学学生会もこの期に会則変更をし、クラブ活動を活発にしました。クラブが多くなり5期は卓球・排球の試合に出場、6期は立派な新聞を発行、31年に卒業後も学生会と関わり学生部の仕事をしました。7期は山岳部が白馬や乗鞍岳に登山、私達も参加して、山岳部の旗を立て喜びました。11期は庭球部が全国の大会に出場しました。この頃同窓会設立準備に参加し会員名簿1号の作成をしました。日頃は学生部長の指導を受け厚生補導の勉強に毎夏研修会に出席し終了証を受けました。金沢大学会場の折臨席が名古屋大学学生部次長教授で、後日ご指導を受け、山田家政短期大学の学生部について口頭発表し、報告書を提出して、機関紙SPS に掲載されました。昭和39年文部省講師資格審査に通り、研究活動や共著の出版など学外活動もしました。桜木きみゑ教授とも家政学会で発表し、奈良女子大学でご指導を頂きました。

昭和50年に同窓会長を受け会則を見直し、役員を追加しましたが、会報が発行されていない事が気になりました。昭和53年着任された教務部長と見当し指導を受けましたが、部長が転勤され、私も54年から10年間名古屋市立女子短期大学の非常勤講師を勤め共同研究もあり、60年に副会長を受け会長に話し、学長・理事長にご相談をして61年創刊することができました。

平成になりアジア文化造形学会や日本服飾学会の全国大会会場校となり支部の協力で盛会に終了しました。日本衣服学会の年次大会会場を9年11月に受け8年?12年幹事の委嘱を受けていて、学会長大阪教育大学教授にご指導を頂き無事終了することができました。不安と緊張の日々でしたが、各学会の研究者教育者が多数来校され、感性豊かな学舎が大変好評でした。

この多用の中先輩から、開学50周年の準備をして同窓会長をするように強く希望され、10年に受け、開学50周年に会員名簿7号を作成、名誉理事長レリーフについて理事長にご相談して完成しました。

平成15年に日本服飾学会の支部長と理事を終了。時間充分になり55周年会員名簿8号を作成しました。平成18年同窓会設立50周年大望の会則に改訂。55周年には会則により順調に運営できました。(会報26号参照)

学園80周年記念祝賀会を理事長が開催され、とても素晴らしく学園の発展を確信しました。創設者への弔辞、学園80周年乾杯の音頭をさせていただき今も心の中に有ります。人との出合い、色々の経験に限りなく感謝をしています。

皆々様のご健勝をお祈りいたします。

栄養業務半世紀をふり返り

阿部 朝子

昭和44年家政科第1部食物専攻を卒業しました。卒業時に栄養士と教員( 中二普家庭科・保健)免許状が取得できました。二年間でこの二つの資格を取得するにはカリキュラムが相当ハードでした。夏休みは補講、補講でうまり、栄養士の実習(病院・学校・工場・保健所)1カ月間、教育実習2週間が盛りこまれていました。

部活動も盛んに行われていて、皆さん色々活動して他の大学との交流も多かったと思います。私は青少年研究部に所属しました。当時、非行少年と呼ばれていた中・高生のケースワーカーもどきを児童相談所の先生と取り組んでいました。人の為と始めた事も自分の為になると教えられました。

卒業時の二つの資格を基に31年間学校栄養職員として勤務しました。栄養士実務経験+国家試験で管理栄養士資格が得られますのでトライしました。栄養士としての基礎を母校で学び、華やかさには欠けていたかも知れませんが、先生方の熱意を充分いただきました。

定年退職まで少し有りましたが早めにリタイアしました。しばらくしてお声がかかったので名古屋市社会福祉協議会の講師として親子クッキング教室、離乳食教室を16年ほど担当しました。平行して生活習慣病の方々対象に特定保健指導と新しい事ばかりに出合いました。

2020年8月、コロナ禍の中、厚生労働大臣賞を受賞しました。(半世紀、栄養と関わる事ができました。)

私の原点にあるものは母校での忙しく充実したタイトな時間です。

会報を通しての同窓会設立65 周年

横川 洋子

同窓会設立65周年を迎えられ、卒業生として誇らしく思います。

昭和44年18期生として、卒業してから52年の歳月が流れました。久しぶりに会報を昭和61年の創刊号から令和2年の35号までを懐かしく読み直しました。同窓会設立、創刊号発行までの先生や先輩方のご苦労を思いました。卒業してから毎年送って頂き、封を開ければ母校の様子がわかり、事業の案内、報告もあり、楽しみでした。

私も同窓会に参加し、会報にも携わるようになりました。会報は、2008(平成20)年会報23号から全面カラー、B5サイズからA4サイズになり、見やすくなりました。それは画期的なことでした。

私の心に強く残っているのは、2000(平成12)年、開学50周年記念として同窓会から創設者山田新平先生のレリーフ寄贈、そして母校クリスタルホールでの祝賀記念パーティーです。大勢の関係者、会員の中で高揚し、夢の世界にいるようでした。

また、2013(平成25)年、学園創立80周年記念として創設者山田久子先生の銅像建立に協賛できたことは、両先生が、母校エントランスホールでいつも同窓生を見守り下さっているようで、うれしく思っています。このように「形」として残っていることは、「大切なことだなあ」と今更ながら良かったと思います。

ひとつひとつの行事を目にし、その時その時の友の姿を思いながら感慨に浸りました。学園、短期大学、同窓会の歴史がいっぱいの会報は、私の「宝物」です。

同窓会と母校の発展を願い、先生方、同窓生のみなさまのご健勝をお祈りいたします。

尊敬している先生方